★アルコール依存症の家族が幸せになる方法★

アルコール依存症の夫との13年の結婚生活が終わりました。なぜ夫から離婚を告げられたのか?出会いから別居、再同居、離婚、“手放す”ことの意味、“愛って何?”、依存症の本人と共に幸せに生きていくために家族が出来ること、など色々な経験を、みなさんと分かち合えたらいいなと思っています

別れてから一番の気づき

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【夫の底付き】のエピソードは、経緯を詳しく書かせていただきました。
そして、ブログには書いていなかった、最近判明した元夫と彼女のこと、それにまつわる元義母とのことなども書き加えて、完結しています。
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アルコール依存症の家族が幸せになる方法

アルコール依存症の家族が幸せになる方法

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前置きがずいぶん長くなっていますが(^^ゞ
こんにちは!まききちです。

日本はもうだいぶ寒くなっているのでしょうか?
こちら南半球は、夏へ向かっています。
でも早く日本に帰りたくて仕方ない今日この頃です。
(気がつけば、もう3年半も帰っていませんでした)


さて、つい2週間ほど前、ふと、とってもとっても大切な気づきがありました。

元夫と別れてから、最初は1ヵ月ほどはよかったものの、彼が新しいパートナーと同居を始めるようになった頃から、とても攻撃的なメールが届くようになったのです。
主にお金のことで、普通に考えてあり得ない内容でした。

また、それからというもの、メールの内容はほとんど私を責めるものばかり。
つい前日会って話した事を、「俺はそんな事を言ってない」、など、頭にいっぱい「?」が浮かぶような理不尽なことばかりだったので、正しい事をきちんと伝えようと必死になって、それでも伝わらずさらに攻撃的な内容が返ってきたりしていたので、その都度私は巻き込まれ、精神的につらかった時期がありました。

今回の私の帰国に関しても、ここ数ヶ月ずっと直接メールでの連絡が取れなくなっていたので、弁護士さんを通してのやり取りだったのですが、弁護士さんへの返信も、ものすごく攻撃的で理不尽で、私の帰国に直接関係がなく、これまた「?」な事まであれこれ言ってきていて、弁護士さんも首をゆっくり横に振って呆れる程でした。

私は、“こんなにおかしな事や訳のわからないことで責められている私は被害者だ” とずっと思っていたのですが、先日、ふと気づいたのです。


実は、彼をこんなに攻撃的にさせていたのは、他でもない私だったことに。



 
というのも、別れてまず一番初めに、財産分与で貯金を半分もらい、それで当面は生活していけたのにも関わらず、弁護士を雇って「扶養費」の請求をしたこと。

専業主婦だった場合、すぐにフルタイムで働くのが難しい時は、半年~1年くらいは相手から扶養費を請求できる、という事を聞いて、さっそく請求をしたのです。


「金をよこせと攻撃されている」と感じたであろう彼は、はいよ、と言うわけもなく。
数ヵ月間何度かやり取りをした結果、最終的に来た返事は、そんなに欲しければ、裁判所へ申請しろ」。

結局、数十万円の弁護士費用を払ったのが無駄になっただけでした。
当面生活できる現金があり、裁判所へ申請しても認められるかどうかも分からなかったので、諦めました。

当時の私は、婚姻中の自分の態度を反省しつつも、離婚を突きつけられた悲しさと悔しさがまだ残っていて、いわゆる「狂気」が全面的に出ていた攻撃態勢だったのだと思います。

その後では、別れて3ヵ月後くらい経った時、彼が息子を連れて5日程度のリゾート旅行に出掛けた事がありました。その時には、先取り不安をして「息子を連れて行かないでほしい」とメールや、口頭でも言いました。

理由は、旅先のホテルで、飲むために息子(当時12歳)を1人で部屋に置いていって朝まで帰らなかったり、または、息子を連れてバーへ行ってベロベロになり、息子がバーで1人どうしていいか分からない状態になったりしたら困るから。

これを彼に言ったのです。
彼は当時も今も飲んでいるようですが、この旅先での彼の行動は、私の完全なる妄想でしかありません。
勝手な妄想で、相手を怒らせるような事を言ってしまったのです。

 

もし逆の立場だったら、まだ起ってもいないことをそんな風に妄想で言われたら、私も絶対に腹が立って仕方ないだろうなと思います。反省…


返事は、「俺はアルコールに問題などない。名誉毀損で訴えるぞ」というものでしたが(笑)、私が勝手な妄想を彼に伝えなければ、彼もそんな事は言わなかったのです。

 

 



他にも色々あります。

基本的に、どんな時も私が先取り不安をして、心配して、彼を敵視もしていたので、それを防ごうと私の方から先に攻撃的な文章を送っていたのです。

それにずっとずっと気づかず、私は彼を敵視し、自分が被害者だと自己憐憫に陥っていました。

いくら回復のプログラムをしたといっても依存症ともう一緒に暮らしていなくても、常にミーティングに通ったりして成長を続けていかないと、自分の悪いところってすぐに出てしまうんですね。
それが元々持っていた性格であるにせよ、依存症と暮らすうちに出てきた性格であるにせよ。

 

この気づきがあった数日前から、私はとっても涙もろくなっていました。
息子が元夫の家へ行ってしまう朝に寂しくなって涙が出たり(またその1週間後にはこちらへ戻って来るのですが)、テレビを見ていて、特に泣かせる場面ではないのに、家族がお互いを思いやっているシーンや、人の優しさが垣間見えた時にポロポロ涙が出たり、また全然そんなシーンでなくても、何でもかんでもすぐに涙が出たりもしていました。

涙が出るのは、
●感情を押し殺していた事に気づいたとき

●自分のドロドロした心が溶け、浄化されるとき

●素直になれたとき

と言いますが、きっとその時の私は、たくさんたくさん涙が出て、浄化され、自分に素直になっていたのだと思います。

だから、自分の悪いところを素直に認められたのだと。

自分が被害者だ、相手が悪い!と思っているうちは、そのことに囚われてしまうので、自分にも悪いところがあるだなんて気づきもしません。
仮にどこかで気づいていたとしても、それにフタをして見て見ぬフリをし、自己憐憫に浸っているのでしょう。

今もまだ何かにつけてすぐに涙が出るのですが、もっともっと自分に正直になって、もっともっと色んなことに気づいていって、楽になれたらいいなーと思っています。

今日も自分の意思(自我)ではなく、神(自分のキレイな良心)の意思が行われますように★

 

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